当日に有給を届け出ることは可能か

従業員が病気で会社を休んだ際、事前に有給の届出があったわけではないにもかかわらず、会社がこの病欠を有給として取り扱うことが比較的よくあるのではないかと思います。
会社からすれば、別の日に有給を使って休まれるくらいなら、このときの病欠を有給として取り扱って有給を1日分消化してもらった方がよい、という考えがあります。
他方、欠勤した従業員にとっても、(別の日に有給休暇を取得したかったのに、と思うこともなくはないでしょうが)全部消化できるかどうかがわからない有給を確実に1日分使うことができ、しかもそれによって病欠を帳消しにすることができるのであれば、悪い話ではないでしょう。
 
もっとも、このような取扱いは、あくまで会社の同意がなければなりません。
原則は、従業員が有給休暇を取得する際は、事前に会社に届け出なければならないのであって、病欠した後になって、「昨日の病欠を有給にしてください」と事後的に届け出ることは本来は認められません。
なぜなら、会社は、従業員が有給休暇を取得する日や期間について、その時期の変更を求めることができる場合があるからです。
具体的には、従業員がその時期に休暇を取得することが会社の「事業の正常な運営を妨げる」と認められる場合は、会社はその時期には有給を使わないで別の時期に使ってほしい、と主張することができるのです。
従業員が有給休暇を取得する時期を指定する権利を「時季指定権」といい、これに対して会社がその時期を変更する権利を「時季変更権」といいます。
もし従業員が事後的に有給休暇の取得を届け出ることができるとなると、会社が時季変更権を行使する余地がなくなってしまい、会社の権利が不当に害されてしまいます。
会社が時季変更権を行使するかどうかを適切に判断するためには、従業員は少なくとも事前に有給の届出を行わなければならないのです。
 
では、事前でありさえすれば、勤務開始の直前であっても有給の届出はできるのでしょうか。
この問題は、当日の朝に有給の申請をすることは可能か、といった形でよく議論されているところです(ちなみに、有給を「申請」する、という表現は、まるで会社側が有給を認めるか否かを決定できるかように勘違いされる可能性があるので、表現としては不適切だと考えられます。「届出」や「申出」などの表現の方が適切でしょう)。
 
例えば、いわゆる9時5時のオフィスで働いている従業員が、始業時刻直前の午前8時に会社の上司にメールなどで有給休暇の取得を届け出た場合、会社はこの届出を有効なものとして取り扱わなければならないでしょうか。
従業員の有給の届出に対して会社側も時季変更権の行使の要否を判断する時間が必要という観点からすれば、就業規則で始業時刻と終業時刻が定められている場合は、少なくとも休暇取得日の前日の終業時刻前には届け出る必要があると考えるべきでしょう。
ですので、始業時刻が9時と定められている会社において、従業員が当日の午前8時に上司にメールなどで有給の届出をした場合、たとえその上司がメールの内容を確認したとしても、その時点では有効な届出があったとは言えず、事前の届出はなされなかったと評価すべきと考えます(会社側が進んで有給扱いすることは当然禁止されませんが)。
 
これに対して、24時間営業の店舗などに勤務する従業員の場合は、判断が難しいと思われます。
例えば、24時間営業の店舗で勤務する従業員が、午前9時からシフトが入っている日の午前8時に有給を届け出た場合、一応会社の営業時間中に有給休暇取得の届出がなされていますので、事前の申出があったとは言えると考えられます。
しかし、あまりに直前の届出の場合、会社はその有給休暇の取得が「事業の正常な運営を妨げる」かどうかを的確に判断することが困難です。
加えて、「事業の正常な運営を妨げる」場合とは、具体的には、①その労働者の労働が業務の運営に不可欠であり、かつ、②代替要因の確保が困難な場合であると解されているのですが、あまりに直前の届出がなされた場合は、そもそも②の代替要因の確保が困難であることは必至です。
職場の環境や業務の内容などにもよるでしょうが、もともと人員数に余裕をもってシフトが組まれていたとか、業務の性質上1人程度の欠員が出ても問題なく通常通りの営業ができるなどの事情がない限りは、予定されていた定員が欠けたことにより①の要件が認められ、かつ、②の代替要因の確保も困難であるとして、会社は時季変更権を行使して有給休暇取得時期の変更を求めることができるものと考えます。
 
有給休暇を取得する権利が、労働基準法によって認められた、労働者にとって極めて重要な権利であることは言うまでもありません。
労働者がこの権利を行使することを会社が不当に妨害することは当然あってはならないことです。
しかしながら、会社の「時季変更権」もまた労働基準法が認めた、会社にとって極めて重要な権利です。
会社にこのような権利を認めた労働基準法の趣旨を十分に理解した上で、有給休暇の権利が適切に行使されるべきであると考えます。